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| 動物虐待 |
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動物虐待に関しては日本より、アメリカのほうが「問題意識」が高いと言われている。動物に限らず、児童虐待、女性虐待など、虐待そのものに対して、米国社会は非常に敏感であると思う。それゆえアメリカでは、動物虐待に対して処罰、刑罰もきびしくなっている。動物虐待に対する法律も、非常に具体的で、詳細に及んでいる。メデイアでも動物虐待を社会問題として、頻繁に取り上げている。
そんなことから、アメリカのほうが酷い動物虐待が多い、あるいは虐待の数が多いのではないか、と思われる日本人が結構いる。
動物虐待は社会の影で密かに行われている。それゆえ、実際の数は比較できない。しかし、私は日本とアメリカの両方で獣医師として仕事をし、動物虐待は日本もアメリカも、同様に起こり、同様に根深い問題であると感じている。動物虐待は日常的に、必ずどこかで行われている。それは事実だ。
ある虐待は全く誰にも分かることなく、抹消いているだろう。ある動物虐待は、慢性的に繰り替えされる。そしてある虐待は、飼い主の一時的な感情から一度だけ行われるかもしれない。
私が動物病院で見る動物虐待は、世の中で発生している虐待の、ほんの一部、氷山の一角に過ぎないと思っている。動物虐待のケースに遭遇する度に、何とも言えない、やり切れない悲しみに押しつぶされそうになる。
動物虐待の種類
動物虐待の種類は、大きく3つに分けられる。一つは直接的虐待。これはすなわち、動物に直接危害を加える行為が含まれる。動物を打つ、投げる、蹴る、叩く、罵声を浴びさせる、焼く、切る、割く、撃つ、など、とにかく、肉体的、精神的な暴力を動物に行うことが含まれる。
もう一つは間接的虐待。これは、動物に当然行わなくてはならない世話を怠り、動物に苦痛を与えるもの。食餌を与えない、水を与えない、ヒモでつないだまま長時間放置する、非常に狭い檻に長時間監禁する、適切な運動(散歩など)を行わない、糞尿の始末をしないで不衛生な環境で飼育する、極端に暑い環境、極端に寒い環境、雨などを避ける小屋を与えない、といった場合もある。また、動物が病気になったり、負傷した時に、適切なる医療手当を与えない(獣医師の診察を受けさせない)というのも、この種の虐待に含まれる。
そしてもう一つはこの混合型。状況が複雑で、この両方の虐待を受ける場合が多い。
動物虐待は、虐待を行う人間に、「虐待の意識がある」場合と「ない」場合がある。知らない間に動物虐待をしていた、という場合も存在する。
皆さんも経験があることと思う。近所の家で飼われている犬で、塀のすき間から、門の所から見たことがあるだろう。つながれっぱなし、糞だらけ、黒く濁った水が少量。犬はいつもイライラして、キャンキャン吠えるが、誰にもかまってもらえない犬。一度も散歩に連れていってもらった様子もなく、夏は炎天下でぐったり、冬は冷たい地面の上で毛布すらなく丸くなっている犬を。この場合、他人が見たら動物虐待と思われるかもしれないが、案外飼い主は、虐待の意識が全くないかもしれない。犬だからそれが当然であると思っているかもしれない。
虐待に対する意識の違いは、その人の人生観、文化宗教的な背景、経済状態、教養によって大きく左右する。複数の人種が共存しているアメリカでは、この、動物に対する意識の差が、動物虐待を取り締まる時の大きなネックになている。
Beau ボウ
ボウはまだ若いパグ犬であった。30代の夫婦と、7才くらいの男の子の家で飼われていた。
「3日前にソファーから落ちた」と母親の女性は言って診察室を訪れた。ぐったりと横になり、頭をあげることもできないボウを、そっと診察台の上に置ながら彼女は心配そうな顔をしながら私に言った。小学生の息子は母親の横に付き添い、ぐったりとしたボウの頭を優しく撫でた。
一目見て私は、ボウが重症であると分かった。呼吸状態がおかしい。目もうつろ。可視粘膜を見ると真っ白、蒼白である。私は慌てて酸素マスクをボウの顔にあてがって、慎重に診察をした。いわゆるショック状態である。ソファーから落ちた時、たまたま頭でも強く打って、脳内出血でもしているのだろうか……。それとも、他に重症な病気を患っているのか……?
だが、レントゲン撮影の後、ボウはソファーから落ちたのではない、と確信した。胸部のろっ骨が左右、合計5本折れていた。折れたろっ骨の一つが胸腔内に刺さり、胸腔内出血と気胸を併発し、そのためボウは思うように呼吸ができなかったのである。しかも前足の肘の部分も脱臼していた。
私は飼い主の女性に言い迫った。「ソファーから落ちたくらいで、こんな怪我はしません。いったいボウに何があったのですか?」。すると女性は言った。「ああ、そう言えば、昨日、冷蔵庫を閉める時に、間違ってドアでぶつけてしまったけど。その時はキャンと泣いたけど、すぐに直って、大丈夫そうだったから、こんなにひどい怪我をしているなんて思わなかった。」と言った。冷蔵庫のドアにいくら強くぶつかったとしても、こんな怪我をすることはない。私はこの時点で、ボウに何らかの虐待があったに違いない、と思った。
ボウにあらゆる緊急処置を施したが、すでに胸腔内出血がひどく、数時間後にボウは息を引き取った。1才1ヶ月という、あまりにも短い一生であった。
翌日、SPCA(動物愛護教会)の虐待監視員が私のところにやってきた。ボウの隣人から、動物虐待の疑いで通報があったので、その調査をしていると言った。聞くと、ボウの隣に住む娘が、犬がキャンキャンとすごい悲鳴をあげるのを聞き、驚いてボウの家の様子を見に言ったそうだ。そこで娘は、窓のすき間から、小学生の息子がパグ犬の両手をつかみ、すごい力で何度も、ボウを壁に打ち付けていた、というのである。その様子を、ドラッグかアルコールで泥酔している両親が、ケラケラと笑いながら見ていたということであった。ボウの複数のろっ骨骨折、肘の脱臼という症状からすると、この虐待行為はとても信憑性があった。
私の背筋に寒いものが走った。この息子は、将来、どんな大人になるのだろうか、と。
アメリカでは、動物虐待にドラッグが関与している時があるが、日本の場合は、アルコールが関与しているケースが多いように感じている。またアメリカの場合、直接的な虐待は、いわゆる低所得者や、不良学生、あるいはギャング関係が目立つが、日本では逆に、明らかに「普通のサラリーマン」、「普通のおとなしい生徒」「普通の主婦」が虐待を行うケースが目立つように感じている。これは私が動物虐待のケースに遭遇する時に感じていることであり、正確な統計はわからないが。
ただ、直接的な虐待を行った人に共通して言えること。動物に危害を加え、ひどい怪我をさせてしまった後に、彼らは助けを求めて動物病院にやってくる。治療のためなら何百ドル、何万円というお金を喜んで払うのだ。それなら始めから虐待などしなければいいのに、と思うのだが。。。犯罪心理、虐待心理については、私はよくわからないが、虐待を行っている時は、おそらく彼らはコントロールがきかないが、動物をかわいそうと思う気持ちも同時に持ち合わせているのかもしれない。
弱い者に暴力を振るうこと。これは社会問題である。それが動物ならば動物虐待。家庭内であればドメステイックバイオレンス。子供であれば幼児(児童)虐待。虐待行為は違法行為であり、きちんとした処罰が下され、多くの場合は精神療法やセラピーが強要される。
アメリカの場合、動物虐待で検挙され、有罪が確定した場合、その人は将来、動物関係の仕事につくことができない。裁判所からの命令である。ペットショップやグルーミングサロン、動物園、動物病院などの従業員に一生なれないのだ。
それが将来、動物虐待の減少に貢献しているかどかはわからないが。
動物を殺すことを動物虐待と呼び、他の国に兵器を向けることを戦争と呼ぶ。いったい、そこにどれだけの違いがあるのだろうか。 |
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